無の入り口

仏教では「無」になることがひとつの到達地点とされていますが、これはかなり難しいことです。何故ならば、人には常に「思考」というものが存在するからです。考えないようにしようと思いつつ、何かしら考えちゃうんですよね。

この「無」の境地に至ると、人間の本能から解き放たれ精神の迷いがなくなるそうです。つまり、いつ何時も平常心でいられるってことですね。

ここに至るのは何十年も修業を積んだお坊さんでも難しいのですから、凡人である僕らがそこに至るのはまず無理です。でも、先日その入り口が垣間見れたというか、「何も考えない時間」というものを得ることができました。

要は「一点集中状態」です。何か一つのことに集中して、そこしか見なくする…そうするといつしか何も考えずに「無」になっている時間があることに気が付きました。まぁ当然のごとく、長時間「無」の状態を保つのは無理ですけどね…。

よくアスリートの人たちも「ゾーン」なんて言い方をしますが、人ってのは一点集中モードに入るととてつもない力を発揮したりもします。そしてそれを長い時間維持できる人ってのは、長時間の修行とか練習とかの下積みがきちんとあるだと思います。どこかに到達するには、やはり下積みが大事ってことですね。

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