豊かさの許容

先日お客様と話していたら「今の時代は贅沢になりすぎた」って言われました。確かに…今は非常に便利な世の中ですよね。冷暖房管理で人の体に優しすぎるくらいの環境がいたるところにありますし、誰かに連絡を取ろうと思ったらすぐに連絡することもできます。

欲しいものはクリックひとつで手に入りますし、家にいながらにして色々なことを行うことも可能です。恵まれすぎているといえばそうですが、これは僕らはまだ「昔」の不自由な時代を知っているから「恵まれている」と感じることができるんですね。

でも、今のこの世に生まれて今の環境が「当たり前」になってしまっていると、なかなか「豊か過ぎる」と感じることはないのかもしれません。

でもね、戻ることも出来ると思うんですよ。…というか、少し戻った方がいいような気もします。何故ならば、足らなければ足りないで「考える」からです。満ち足りてしまうと、そこに全てを頼ってしまい、なかなか「考える」ことはしません。まぁ、当たり前の話ですが…。

「無い」なら「無い」で何かしら考えて工夫をしますし、この「考える」って行為は非常に大事なことのような気がします。まぁ、この積み重ねが今の便利な世の中に繋がったのかもしれませんが、至れり尽くせりっていうのは「怠惰」を生んでしまうんじゃないかと…。

いや、今の便利な世の中を嘆いているんじゃありません。でも、あまりにも便利なものなかりに頼りすぎると「頼ること」しか考えなくなってしまうのが怖いというか、それが無くてもなんとかできるくらいの対応力も身につけておきたいですね。豊かさってのは「当たり前」ではなく「ありがたいもの」だと認識して、うまく付き合っていけるといいんじゃないかと思います。

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